015 翻訳　TIME, July 31, 1989 ヘルベルト・フォン・カラヤン追悼(89-10-03)

They wanted him everywhere
ヘルベルト・フォン・カラヤン, 1908-1989
マイケル・ウォルシュ

　ヘルベルト・フォン・カラヤンは、テクノクラート時代のバイロンであった。
むこうみずなレーサーカー・ドライバー、熟練したジェットパイロット、鋭敏
なヨットマン、スキーのエキスパート、アマチュア体育教師、ヨガの帰依者、
禅宗徒、その上、戦後最高の指揮者。貴族主義者カラヤンは、「英雄としての
芸術家」の典型だった。先週襲ったザルツブルク郊外での81才の死により、音
楽の世界は薄暗く、卑しくなってしまった。

　柔軟でコンパクトな体躯に、突刺すような青い瞳、メロドラマチックなオー
ルバックの髪で、指揮台のカラヤンは「威風堂々」という感があった。カラヤ
ンはベルリンフィルとの演奏で、超自然的レベルを達成し、そのオーケストラ
は世界最高になった。カラヤンの解釈は、鞭によってもたらされるトスカニー
ニの精密さに、形而上的な意味を持つフルトヴェングラーの振り方を併せ持つ
ものだった。粗い輪郭は滑らかに整えられ、生地は縫目がなくなるまで溶け合
わされる。楽員はあたかも室内楽を演奏しているかのように、自覚的に他者の
音を聴く。

　幾人かの（ほとんどアメリカの）批評家は、そこに計算され、型に嵌った遣
り口を発見した。しかし彼等はポイントを見失っていた。「私はまずリハーサ
ルに完璧を期す。完全な細部の熟達と機械化」とカラヤンは説明した。「そし
て実演では楽員に自由にやらせている。だから彼等も私と同じだけ音楽を作っ
ている。我々ひとりひとりの感情を分かち合いながら」。心の中に懐いている
音を完全に視覚化するために、カラヤンはスコアなしで目を閉じて指揮をした。

　今年の早い時期にベルリンフィルの音楽監督の地位を後味悪く降りるまで、
カラヤンは卓絶した権力を行使してきた。1955年から64年の間、ぺルリンフィ
ルの指揮者と同時に、ザルツブルク音楽祭とウィーンオペラの芸術監督を兼任
した。ロンドンのフィルハーモニーは、彼のために創設され、ミラノスカラ座
の常連でもあった。彼の絶大な影響力はジョークのネタになった。例：カラヤ
ンがタクシーに飛び乗った。ドライバーが「どこへ」と聞くと指揮者は答えた。
「どこへでも。聴衆は到るところで私を待っている」。

　オーケストラの前で、鷹のような容貌のカラヤンはプロシア人の威厳を放っ
ていた。外見から誤解が生じたようだが、カラヤンは、自分にはドイツ人の血
が流れていないことを公言するのを好んだ。彼はザルツブルクに生れている。
しかし母親はセルビア人で、父方の祖先はギリシア人で、およそ300年前にサ
クソン人のためにマケドニアを離れた織物商人だった。彼の曾々祖父は、神聖
ローマ帝国への貢献によりナイトの位を授けられ、姓名をKarajannisからKara
janとドイツ語化した。

　初めピアニストとしての訓練を積んだ若きヘルベルトは、物理学者だった父
め勧めにより1926年から28年までウィーン工科大字でサイエンスを学んだ。音
楽の誘惑に逆らい難く、同時にウィーン音楽アカデミーにも通うようになった。
1929年ウルムで最初の指揮者のポストを得た。この劇場はちっぽけでステージ
は狭く、たった24人の楽員しかいなかった。にもかかわらずカラヤンはシュト
ラウスのサロメやワーグナーのマイスタージンガーのような大作をステージに
のせた。

　1933年ヒトラー政権下で、カラヤンはナチスに入党し、10年以上に亙ってメ
ンバーとして止まった。あとでカラヤンは、ナチス入党はアーへンでの次のポ
ストの雇用条件の一つだった、と公言したが、カラヤンは1934年までこの市民
オペラの指揮者になっていなかった。1946年非ナチ化を認められはしたが、フ
ァウスト的売買の重荷を下ろすことは、とうとうできなかった。　　　　　　

　戦後、ある新聞が「カラヤンの奇跡」と呼んで迎えられると、急激に西ドイ
ツの若い指導的指揮者として浮上した。1951年と52年にバイロイトで記念碑的
なリングサイクルが上演されたが、カラヤンはワーグナーの孫、ヴィーラント
と演出に関して衝突し、突然終結してしまい、それ以後バイロイトに戻ること
はなかった。1955年カラヤンはフルトゲェングラーの跡を襲い、ベルリンのポ
ストを任命された。

　カラヤンはロマン派のレパートリーで卓越していた。彼のブルックナー交響
曲はゴシックの大寺院のような気高い超越性を有し、シュトラウスの交響詩で
は思うがまま、上機嫌で爆発し、ベートーヴェンの交響曲には作曲家からの直
接的な啓示の力が溢れていた。彼のオペラには凄い説得力があった。67年から
70年のリングのドイツグラモフォンの録音はレコード史の栄光のひとつである。
ドレスデンを使った71年のマイスタージンガーはかつて作られた最も生き生き
としたオペラ録音であろう。彼の陰気な演出（中止となった67-68年のメトの
リングを含む）は演奏のような高いレベルには達しなかったが、それにもかか
わらず、そこには製作に関わるすべてをコントロールすべきであるという主張
がうかがわれ、ドラマとしてのオペラの有効性への熱烈な信念が反映していた。

　彼は成功によって多くの報酬を得た。セントモリッツ、セントトロぺツ、ザ
ルツブルクに邸宅を構え、自家用の飛行機で飛んだ。3回結婚し、3度目の妻、
フランス生れのエリエッタとの間に二人の娘がいた。しかし晩年、彼が首席ク
ラリネット奏者に、ある女性を採用しようとした時、伝統的に男性社会である
ベルリンフィルハーモニー団員との間で予期せぬ衝突をひきおこした。結局カ
ラヤンが折れ、闘争は解決したが、あとにしこりを残した。病気に悩まされ、
78年の転落が原因で背中の手術を数度受けた。しかしカラヤンは屈せず走り続
けた。ひとたび指揮台に上ると、年齢や痛みなど消えてなくなった。目が閉じ
られ手が振り上げられる。そして再び魔術が始まるのである。